6回目の帰省・2022,10|父の余命宣告で思うこと。お出掛けしたところ。

今年に入り、父が住む実家へ来るのも6回目。ブログ更新が帰省してるときだけになってる今日このごろ、ですっ笑。

父は7、8年前の大腸がんに始まり、肝臓がん、今年に入り胆管がんが見つかり半年〜8ヶ月の余命宣告を受けた。父の希望で今回は積極的治療はしないことになり、先月その8ヶ月目を迎える。

宣告を受けてからの8ヶ月間、父の体調にそう変化がなかったので、医師の余命宣告はあくまでも症例に沿った見解でしかなかったんだと感じている。検査数値も変わらなければ、晴れた日は今もサイクリングをしているし、最近は体調がいいとすら言っている。

宣告後、父の体調はどんどん悪化していくんだと想像していた。でも、実際の様子は全く違っており、もうこれは奇跡でも起きてるのか?と思ってしまう。

だけど、これまでずっと医師は、検査の数値に変化がなくても、余命の時期は変わらないと言い続け。先日の受診で言われたことも「でもね、必ず来るから」「急に来るから」だったそう。

包み隠さず話す医師と、それを聞かされる父。安易なことを言えないのは分かるけど、内心モヤモヤしてしまう。やっぱり何かしらの期待があるからで、それは父も同じだと思うんだが。

これまでずっと落ち着いてる様に見えていた父も、余命宣告を気にせず生活することは出来ずにいたと言う。不安な重い気持ちは、家族と出掛けることで紛れていたらしい。

そう言っていた父が先日、「先月で宣告期間を過ぎたから、10月からは毎日、一日一日が誕生日だと思って過ごそうと思う」と話す。父の表情が明るかったからホッともしたけど、私はやっぱりモヤモヤする。

余命をいきなり本人に伝えるようになったのはいつから?

18年前に母も癌で亡くなり、そのときは癌の告知すら本人ではなく身内だった。母が今の父よりずっと若かったからかもしれないけど、本人に伝えるかどうかは身内に委ねられ、私たちは母に癌であることは伝えたけど末期だということは伝えなかった。というか言えなかった。

だから母は、最期を考えることもなく癌と戦っており、思うように回復せず感情的になるときもあった。母に余命を告げたら受け止められただろうか?と感じるが、母にも父のような時間があればよかったのではないかと、いま父を見ていると思う。

数年前に親友を交通事故で失った経験もあり、最期については色々な思いが交差している。どのような形であれ本人の心情は分からないが、 ただ、父が80歳という年齢だからか、これまで失った誰よりも私自身は受け止められている様に思う。

父の余命宣告期間が過ぎたこともあり、思うことをまんま残しておきたくなり書きました。読んでくださった方、本当にありがとうございます。🙇‍♀️

では・・・

気分を変え、父と出掛けたとこも残し記しておきます!

2022年7月OPENの「旭川はれて」(旭川駅買物公園)

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日本の公園100選の「旭川市常盤公園」(旭川駅から徒歩15分)

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www.viva-alpaca.jp

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www.morihico.com

旭岳の初冠雪がキレイでした!

帰りの旭川空港・・・寒いよ💧

読んでくださり、ありがとうございます!🙇‍♀️