気ままな京都ひとり旅【建勲神社~大徳寺~妙心寺】&御朱印(4日目)

京都  建勲神社

aki画像

こんにちは!本日のルート😃

建勲神社▶ 大徳寺▶ 黄梅院 ▶ 龍源院 ▶ 興臨院 ▶ 妙心寺

明日は大雨だから観光も今日までかな~😢

建勲神社(たけいさおじんじゃ、通称:けんくんじんじゃ)

京都駅からバス ▶「船岡山」下車し、建勲神社「北参道」から入りました。

「北参道」から登って行くと・・・

京都  建勲神社

建勲神社は「船岡山」の山頂にある、織田信長と信長の子・忠信を祀る神社。

いま「船岡山公園」になっており、公園の全体が国史跡となっています。

創建は、明治2年(1869年)明治天皇により決まり、明治8年(1875年)に、建勲神社は「別格官幣社」に列格しています。

「別格官幣社について」

建勲神社は明治8年(1875)4月24日に別格官幣社に列格されました。別格官幣社とは明治政府によって新たに設けられた近代社格制度における神社の社格の一つです。 別格官幣社には国家のために特別な功労があった人物を祀る神社が列格されており、当時の「官国幣社昇格内規」には別格官幣社の列格基準として「国乱ヲ平定シ国家中興ノ大業ヲ輔翼シ、又ハ国難ニ殉セシモノ、若クハ国家ニ特別顕著ナル功労アルモノニシテ、万民仰慕シ、其ノ功績現今已ニ祀ラレシモノニ比シテ譲ラサルモノ、但シ一神一社ニ限ル」とされています。 明治5年(1872)に楠木正成公をお祀りする湊川神社が列格されてから、昭和21年(1946)に制度が廃止されるまでの間に、28社が別格官幣社に列格されています。

引用元:建勲神社公式サイトより:http://kenkun-jinja.org/kanpeisya.html

「敦盛」の歌碑

京都  建勲神社敦盛の歌碑

信長が好んだ幸若舞の演目のひとつ、平清盛の甥・敦盛の一説。

どういう意味なの・・??

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」は、「人の世の50年の歳月は下天の一日にしかあたらない、夢幻のようなものだ」という意味になる。現代において、「(当時の平均寿命から)人の一生は五十年に過ぎない」という意味としばしば誤って説明される場合があるが、この一節は天界を比較対象とすることで人の世の時の流れの儚さについて説明しているだけで、人の一生が五十年と言っているわけではない。

引用元:ウィキペディア:http:// https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E7%9B%9B_(%E5%B9%B8%E8%8B%A5%E8%88%9E)

なるほど・・・😅

信長の入洛にちなんで開催される「船岡大祭」は、毎年10月19日に行われます。

そのとき、敦盛や舞楽が奉納。

令和2年(2020年)は参列者を限定して開催となっています。

記載は建勲神社公式サイトに:http://kenkun-jinja.org/guji-kouwa_r021019.html

建勲神社 御朱印

京都  建勲神社 御朱印

建勲神社には数種類の御朱印があるんですね。

令和3年(2021年)御朱印は缶バッジ付き!

建勲神社で購入できる御朱印帳もかっこいいんです!

買わなかったこと後悔中・・・😢

どんな御朱印帳かは建勲神社公式サイトで: http://kenkun-jinja.org/talisman.html#touken-goshuin-shikishi

京都  建勲神社

帰りは反対側の「東参道」から帰りました。

写真は「大鳥居」で、こっちが「正門」でした😅

龍宝山 大徳寺(りゅうほうざん だいとくじ)

京都  龍宝山 大徳寺

大徳寺は1315年、禅師・宗峰妙超(しゅうほう みょうちょう)が建立した小堂が起源だと言われています。臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺にある塔頭寺院の数は24。

常時公開の塔頭は限られていますが、春や秋に特別公開期間があり拝観できる寺院があります。

今日拝観できたのは「黄梅院」「龍源院」「興臨院」

大徳寺境内 内図

京都  龍宝山 大徳寺境内 内図

黄梅院(おうばいいん)

京都  大徳寺 黄梅院 京都  大徳寺 黄梅院 京都  大徳寺 黄梅院

このときは秋の特別公開期間中😀

創建は1562年、信長が父の信秀の菩提を弔うために、秀吉に命じて造られた「黄梅庵」が始まり。「本能寺の変」後の、1589年に「黄梅院」と改められます。

黄梅院は、文化人や、桃山時代の戦国大名ともにゆかりのある寺院。千利休が作庭した「直中庭(じきちゅうてい)」や、日本画家・雲谷等顔(うんこく とうがん)の障壁画(複製)などがあります。

黄梅院の御朱印 特別公開時限定

特別公開中は、ご住職が選んだ言葉を目の前で書いてくれます。(初穂料1000円)

いただいたお言葉はこちら。

京都 大徳寺  黄梅院の御朱印

『宝船 この身こそ 親より受けし宝船 磨き磨きて 光放たむ』

龍源院(りょうげんいん)

京都 大徳寺 龍源院

大徳寺の塔頭のなかで最も古い「龍源院」は、1502年、室町時代に創建されています。常時拝観できるようです。

綺麗に描かれた白砂敷きのなかに石や苔の島がある、とても印象的な庭園でした。その方丈前庭(ほうじょうまえにわ)は、一枝担(いっしだん)と言われています。

興臨院(こうりんいん)

京都 大徳寺 興臨院

非公開の寺院。秋の特別拝観期間中で「黄梅院」と「興臨院」の2ケ寺お邪魔しました。

「興臨院」は1521年(室町時代)に、能登の戦国大名・畠山義総(はたけやま よしふさ)により創建。のちに畠山家が没落するも、1586年に戦国大名・前田利家(まえだ としいえ)により改修が行われ、前田家の菩提寺となっています。

方丈前庭は、1978年に方丈の解体修理時に中根金作により復元されております。

京都 大徳寺 興臨院方丈前庭 京都 大徳寺 興臨院方丈前庭

興臨院 御朱印

 京都 大徳寺 興臨院 御朱印

この旅行の最後の御朱印でした・・・

大徳寺 法堂(はっとう)

京都 大徳寺

この日は通常公開時。特別公開のときは法堂内の天井の、狩野探幽(かのう たんゆう)が描いた雲龍図を見ることができます。

法堂の創建は1636年になります。

大徳寺は名勝とされる庭園が多く存在してるんです。

aki画像

また来たーい

大本山 妙心寺(みょうしんじ)

拝観受付が15:30まで、法堂・大庫裏の閉門時間が16:00。

到着時すでに15時半過ぎており、だから急いで写真だけ撮らせてもらいました💦

京都  大本山 妙心寺 京都  大本山 妙心寺 京都  大本山 妙心寺

実は、大徳寺のあと「金閣寺」に寄ったんです。したら工事中で・・・😓

18年ぶりの屋根葺き替え工事で「舎利殿」は全面シートに覆われていると聞き、スルーさせていただきました😔現在工事は終了 (工事期間は2020年9月~2020年12月19日)

aki画像

4日間の京都旅行が終わってしまいました😭はじめてに近い京都はどこ行っても、どこを見ても新鮮だったな~

そう!京都での夕食はほとんど息子と食べていました。と言うか、一緒に食べてもらってました~😅

んー・・・本当にまた行きたい!!

読んでいただきありがとうございます!